2015年8月15日土曜日

任国外旅行=タンザニア編=

Topic
1.     ザンジバルの迷い方
2.   タンザニアンはマラウイを知らない!?
3.   ザンジバルと奴隷貿易
4.     編集後記


マラウイでの生活も8か月目に突入し
海が恋しくなったニャモヨはタンザニアへ飛びました!



                             (やっぱりインド洋の海は蒼かった!)












1.ザンジバルの迷い方


            (ダルエスサラームからザンジバル島までセスナみたいな飛行機で移動。
                        コックピットも凝視できるくらいでわくわく!)


(Karibuhaはスワヒリ語でようこそ)

 
(夜店なんかもあります)


(もうリゾート満喫しました)

(カロンガで中々着れなかったチテンジドレスもお披露目♡)



.タンザニアンはマラウイを知らない!?

カロンガではタンザニアから布、雑貨、スパイスなど色々なものが入ってきます。
タンザニアはマラウイより経済成長率も高い※ので、
依然としてマラウイは最貧国と言われています。
(とはいえ、人が温かく私はカロンガの人懐っこさが恋しくて仕方ありませんでした)

※マラウイ:5.7%、タンザニア7.24%、
ケニア5.28% 参照:世界経済のネタ帳

今回訪れたザンジバル島、事実上の首都と言われるダルエスサラームでは、
マラウイから来たと話してもぽかんとされることがありました。

 タンザニアでの教育は、初等教育からスワヒリ語を基本として展開されるようです。
最近小学校から英語を主要言語として授業を組めないか
という主張に対し、スワヒリ語がないがしろにされるのではないか
という懸念もあり、論議を巻き起こしているとのことでした。











3.ザンジバルと奴隷貿易

  ザンジバルには奴隷貿易の拠点となった歴史があります。
その影響でアラブ系の人も多く、ムスリムが大半を占めます。

街で見かける女性もほぼベールを被っているので、肌を過度に露出するのはNG。
観光客は短パンでしたが、博物館に入場する際には布を貸し出して隠すように促していました。



かつてザンジバル島を支配していたオマーン王朝の宮殿が、現在では博物館となっています。
当時の王朝がどれほど贅沢な暮らしをしていたか展示品や建物自体からよく分かります。

















【編集後記】
乾季は暑いけれど束の間の涼しい時期も終わりを告げようとしています。
カロンガの常夏が戻ってきます!笑 

マラウイ一の商業都市と言われている南部のブランタイヤで
活動している先輩隊員を訪問してきました。

活動地域は農村部のため、一大都市であっても
農村部は電気の通っていない家庭も多く、先輩隊員の家では
ソーラー発電で電気を賄っていました。

カロンガと比較して木が少ないことにとても驚きました。
炭を作るために、マンゴーの木以外、伐採が進んでいるのが一目で分かります。
植林を政府も推進していますが、杉前線と言われるほど伐採のスピードが速すぎで、
追いつかないのが現状のようです。 

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